非麻薬性なのに、ペンタゾシンを「安全」と思い込んで漫然と連用すると依存症に陥る患者が後を絶ちません。
ペンタゾシン(商品名:ソセゴン®、ペンタジン®)は、1966年にアメリカで合成された非麻薬性オピオイドです。化学式はC19H27NOで、ベンゾモルファン骨格を持つ中枢性鎮痛薬に分類されます。
その作用機序の核心は、「κ(カッパ)オピオイド受容体への作動作用」と「μ(ミュー)オピオイド受容体への拮抗・部分作動作用」という二面的な薬理プロフィールにあります。つまり、同一の薬が二種類の受容体に対して正反対の働きをするという点が、他の鎮痛薬にはない特異性です。
μ受容体は、モルヒネやフェンタニルが主に作用する受容体であり、強力な鎮痛効果・多幸感・呼吸抑制・便秘を引き起こします。κ受容体も鎮痛作用を持ちますが、その情動への影響はμ受容体と正反対で、多幸感ではなく不快感・嫌悪感・不安・悪夢・離人感を引き起こす可能性があります。
これが基本です。
ペンタゾシンのκ受容体刺激は主に脊髄レベルでの鎮痛を担い、μ受容体への部分作動・拮抗作用がモルヒネ類との相互作用において重要な意味を持ちます。オピオイド受容体はすべてGi/oタンパク質と共役した7回膜貫通型受容体(GPCR)であり、受容体活性化によりcAMP産生抑制、Ca²⁺チャネル閉口、K⁺チャネル開口が生じ、最終的に神経細胞の活動が抑制されます。この細胞内情報伝達の流れはμ・κ・δ受容体に共通していますが、受容体が発現している脳内部位と引き出される薬理作用が異なる点が重要です。
日本緩和医療学会のガイドラインでも、κ受容体を介する薬理作用について詳細な解説がなされています。κ受容体の活性化は、鎮痛・鎮静作用を示す一方で、μ受容体と異なり中脳辺縁ドパミン神経前終末を抑制することでドパミン遊離を抑制し、嫌悪感を引き起こします。これはペンタゾシン使用中に幻覚・悪夢・不安といった精神症状が報告されやすい薬学的根拠と言えます。
また、ペンタゾシンはδ(デルタ)受容体にも親和性を持つことが知られていますが、δ受容体を介した具体的な薬理効果については現時点ではまだ十分に解明されていない部分があります。
参考情報:日本緩和医療学会によるオピオイド受容体と薬理作用の詳細解説(PDFガイドライン)
日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」薬理学的知識(PDF)
作用機序を理解したあとは、体内でどのように動くかを押さえることが重要です。
ペンタゾシンの経口投与における生物学的利用能は約20%と低く、これは初回通過効果(肝臓での大部分の代謝)によるものです。経口投与後は約2時間で最高血中濃度(Cmax)に達し、血中半減期は約2〜3時間と比較的短い特徴があります。
投与されたペンタゾシンの大部分は肝臓でグルクロン酸抱合を受けて不活化され、胆汁を経て糞便中に排泄されます。腎臓からは未代謝物として5〜8%が尿へ排泄されます。これは重要なポイントです。肝機能障害患者では血中濃度が上昇するリスクがあるため、投与時は十分な観察が必要です。
注射製剤の場合、皮下・筋肉内注射では15〜20分、静脈内注射では2〜3分で鎮痛効果が発現します。効果持続時間は3〜4時間です。皮下・筋注での最高血中濃度は投与後10分前後とされますが、体重1kgあたり1mgの高用量では最高血中濃度の到達が30分後に遅延することが知られています。
鎮痛効果の観点でも数値を把握しておく必要があります。ペンタジン(ペンタゾシン)30mgの鎮痛効果は、モルヒネ10mg、またはペチジン75〜100mgに相当すると報告されています。内服での換算は、モルヒネ5〜15mgがペンタゾシン50mgに相当するとされています。つまりモルヒネと比べると鎮痛力価は約1/3程度ということですね。
継続投与が必要な場合の好ましい投与間隔は、経口で3〜5時間、注射で3〜4時間とされています。短い半減期を踏まえると、投与間隔の管理も臨床的に重要です。
| 投与経路 | 作用発現 | Cmax到達 | 半減期 | 効果持続 |
|---|---|---|---|---|
| 経口 | 30〜60分 | 約2時間 | 2〜3時間 | 3〜5時間 |
| 皮下・筋注 | 15〜20分 | 約10分 | 2〜3時間 | 3〜4時間 |
| 静脈内注射 | 2〜3分 | 投与直後 | 2〜3時間 | 3〜4時間 |
ペンタゾシンの臨床的な特徴として「天井効果(ceiling effect)」は欠かせない知識です。
天井効果とは、ある一定量を超えても鎮痛効果がそれ以上増加しなくなる現象を指します。ペンタゾシンはκ受容体作動薬であり、μ受容体に対しては拮抗または部分作動として作用するため、μ受容体を介した強力な鎮痛増強が期待できません。この受容体プロフィールが天井効果の薬学的根拠です。
天井効果があるということは、「増量すれば除痛できる」という対応が通用しません。これは使えそうな知識ですね。特に術後痛が数日以上続く患者や、強い疼痛を持つ患者に対してペンタゾシンを増量し続けることは、鎮痛の強化にはつながらず、むしろ副作用リスクだけが高まります。
天井効果に達した状態でも呼吸抑制・鎮静・精神症状などの副作用は用量に比例して増強する可能性があります。このため、鎮痛効果の限界を超えて投与が続く状況が生じた場合には、マルチモーダル鎮痛の観点からアセトアミノフェンやNSAIDsの併用を基盤とし、必要に応じてより強力な麻薬性オピオイド(フェンタニルやモルヒネ)を主体とするIV-PCA(患者自己調節鎮痛法)への変更を検討することが推奨されます。
また、ペンタゾシンは「高用量でモルヒネの作用を拮抗する」という特性があるため、モルヒネを使用している患者にペンタゾシンを追加することは原則避けなければなりません。モルヒネとペンタゾシンの併用は禁忌に準じた対応が求められます。これが原則です。
WHOガイドラインの基本リストにはペンタゾシンの記載はなく、国際学会においても依存性リスクや副作用から反復使用を推奨しない立場が示されています。
参考情報:術後のペンタゾシン頻用に関する臨床的注意点と天井効果の解説
看護専科「術後痛に対してペンタゾシンを頻用している患者さんへの注意点は?」
副作用と禁忌を正確に把握することは、安全な投与管理の根幹です。
ペンタゾシンの副作用で最も頻度が高いのは悪心・嘔吐であり、注射製剤では6.1%の症例に報告されています。次いで多いのが傾眠(注射製剤で5.1%)です。モルヒネほどの消化管抑制作用(便秘)は少ない反面、幻覚・不安・悪夢・離人感といったκ受容体由来の精神症状が出やすいという特徴があります。これはκ作動薬特有の副作用です。
高用量投与では血圧上昇・頻脈が生じます。これはペンタゾシンが持つ交感神経刺激作用によるもので、モルヒネや他のμ作動性オピオイドにはない特徴的な心循環器系への影響です。特に静脈内投与した場合、急性心筋梗塞患者の動脈圧・血管抵抗を上昇させることが添付文書上でも明記されており、心疾患患者への使用には細心の注意が必要です。
また、呼吸抑制が生じた場合の拮抗薬としてはナロキソン・ドキサプラムが有効ですが、麻薬拮抗剤のレバロルファンはペンタゾシンには無効である点が薬学的に重要な知識です。ここは試験にも頻出のポイントです。
抗うつ薬(特にフルオキセチンなどのSSRI)との併用ではセロトニン神経賦活作用の増強が報告されており、不安感・悪心・発汗といった抗うつ薬の副作用が増強される可能性があります。中枢神経抑制薬との相乗効果にも注意が必要です。
ペンタゾシン添付文書(丸石製薬 インタビューフォーム)に基づく禁忌・注意事項の詳細
丸石製薬「ソセゴン錠25mg 医薬品インタビューフォーム」(PDF)
「非麻薬性=依存しにくい」という思い込みが、臨床現場においてペンタゾシン依存患者を生み出している実態があります。
ペンタゾシンは1966年にWHOから「非麻薬性鎮痛剤」として認定を受け、麻薬ほど厳格な管理を必要としないとされてきました。このため、術後疼痛や慢性膵炎・胆道疾患など強い痛みを伴う疾患への「気軽な処方」が行われやすい状況が続いてきた歴史があります。痛いですね。
しかし、実際にはすべてのオピオイド性鎮痛薬は反復投与によって耐性・身体依存・乱用傾向を生じます。ペンタゾシンはモルヒネより依存性が低いことは事実ですが、「依存しない」わけではありません。連用により依存が形成されることは、添付文書・複数の臨床報告・UMINのデータでも示されています。
厚生労働省のデータでは、1998年の向精神薬盗難事件45件のうち、トリアゾラム(22件・6,252錠)に次いでペンタゾシンが13件(376アンプル)と第2位の盗難件数を記録しており、医療施設での不正流出が問題視されています。数字として捉えると、盗難事件の約29%がペンタゾシン関連であるという実態は見逃せません。
依存が形成される背景には、μ受容体への部分作動作用による報酬効果(多幸感)の出現があると考えられています。κ受容体刺激は嫌悪感を生む一方、μ受容体への部分作動作用があるため多幸感も得られることがあり、この二面性が乱用リスクの温床となります。アメリカでは1970年代に、ペンタゾシン(Talwin)と抗ヒスタミン薬のトリプロリジン(青い錠剤)を組み合わせた乱用が広まり、「Ts and blues」と呼ばれるスラングが生まれた事実がその証拠です。
適正使用の観点から医療従事者が日常業務で意識すべき点は以下のとおりです。
依存が疑われる患者への対応では、急激な中止は禁断症状(悪心・不安・振戦・下痢)を引き起こすため、専門医と連携しながら徐々に減量する方法を取ることが基本です。特にナロキソン投与による急激な受容体遮断は激しい禁断症状を誘発するため、依存患者への安易な投与は禁物です。
ペンタゾシン依存症の実態と対応についての詳細な臨床記録
UMIN「ペンタゾシン依存症が疑われる患者への対応」(臨床情報)