ペニシリンV日本未承認の現状と抗菌薬適正使用の課題

ペニシリンVは欧米では溶連菌感染症の第一選択薬として広く使われているのに、日本では未承認です。その背景と国内での代替薬選択、AMR対策まで詳しく解説します。知っていますか?

ペニシリンV日本での未承認と代替薬・適正使用の実態

アモキシシリンを溶連菌咽頭炎に処方していても、実は欧米ではペニシリンVが第一選択です。


この記事のポイント3選
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ペニシリンVは日本では使えない

欧米で溶連菌(GAS)咽頭炎の第一選択として使われているペニシリンV(フェノキシメチルペニシリン)は、経口吸収率が良好にもかかわらず日本では未承認のため処方できない。

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日本ではアモキシシリンが代替の第一選択

国内ガイドラインではGAS咽頭炎に対しアモキシシリン(AMPC)10日間が推奨されているが、スペクトルがペニシリンVより広い点がAMR対策上の課題となっている。

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日本の広域抗菌薬の過剰使用問題

日本では経口第3世代セファロスポリン系・マクロライド系・フルオロキノロン系の使用量が諸外国と比較して特に多く、AMRアクションプランで削減目標が設定されている。


ペニシリンVとは何か:日本で知られざる経口ペニシリンの基礎知識

ペニシリンVは、化学名をフェノキシメチルペニシリン(Phenoxymethylpenicillin)といい、天然ペニシリンであるペニシリンG(ベンジルペニシリン)の構造に「フェノキシ酢酸」を組み込んで経口投与を可能にした半合成ペニシリンです。1956年に発売されたペニシリン系薬のなかでも長い歴史を持つ薬剤で、欧米では今なお現役の外来処方薬として多くの国で使用されています。


ペニシリンGは胃酸に不安定で、内服しても腸管からほとんど吸収されないという弱点があります。これに対してペニシリンVはフェノキシ基を付加することで酸安定性が高まり、空腹時でも比較的安定した吸収が得られるようになりました。吸収率はおよそ60〜70%とされており、食後投与よりも空腹時のほうが高い血中濃度を達成しやすいとされています。


抗菌スペクトルはペニシリンGとほぼ同等です。つまり、A群β溶血性レンサ球菌(GAS)・緑色レンサ球菌・肺炎球菌(ペニシリン感受性)・口腔内嫌気性菌などをカバーし、グラム陰性桿菌(大腸菌など)には基本的に無効という、典型的な「狭域ペニシリン」の特性を持ちます。スペクトルが狭い、これが原則です。


腸内細菌科などグラム陰性菌への効果がほぼないため、アモキシシリンと比べると適応対象は限られますが、逆に「必要以上の菌を叩かない」という点でAMR(薬剤耐性)対策上は理想的とも言えます。GASはすべてのペニシリン系抗菌薬に対して感性(耐性を獲得していない)であり、ペニシリンVで十分なカバーが可能です。日本の感染症専門家の間でも、「ペニシリンVが使えれば最も適正な選択になる」と評価する声は少なくありません。


感染症内科医監修|ペニシリン系抗生物質の一覧解説(Doctor-Vision)
※ペニシリンGとペニシリンVの特性比較、日本での使用可否について詳述されています。


ペニシリンVが日本で未承認である背景と国内の経緯

医療従事者にとって意外に感じられるかもしれませんが、ペニシリンVは現在も日本では薬事承認を受けていません。処方することはもちろん、保険診療での使用もできない「未承認薬」の扱いです。これは有効性や安全性に問題があるからではなく、純粋に国内での承認申請がなされてこなかった経緯によります。


日本では長年、ペニシリン系の経口薬として「バイシリン®G顆粒(ベンジルペニシリンベンザチン)」が使用されていました。ところが、バイシリン®Gは腸管からの吸収率が低く、胃酸の影響を受けやすいという弱点があります。さらにバイシリン®Gは2025年3月31日付で経過措置が終了し、現在は事実上流通していない状態です。一方、欧米では同じ立場のペニシリン系経口薬として吸収率に優れるペニシリンVが定着しており、GAS咽頭炎に対して10日間投与の第一選択として確固たる地位を占めています。


製薬メーカーが日本での承認申請を行わなかった背景には、いくつかの要因が絡んでいます。まず、アモキシシリンがすでに高い経口吸収率(約90%)を持ち、日本で広く普及していたことが大きいと考えられています。新たにペニシリンVを承認取得するコストを掛けるだけの市場的インセンティブが働きにくかった側面があります。また、歴史的に日本の外来では広域抗菌薬(第3世代セファロスポリン系やマクロライド系)が多用されてきたという処方文化も、狭域のペニシリンVの需要を下げる一因となりました。


ただし、現在は「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」の枠組みのもとで様々な未承認薬の評価が進んでいます。将来的にペニシリンVが承認申請の俎上に上る可能性はゼロではありませんが、2026年3月時点での国内承認の見通しは明確ではありません。未承認薬のままです。


東京大学博士論文|本邦における抗菌薬処方動向および抗菌薬過剰処方
※ペニシリンVとジクロキサシリンが日本では未承認であり、アモキシシリンやアモキシシリン/クラブラン酸が代用薬として用いられている旨が記載されています。


ペニシリンV日本未承認の影響:GAS咽頭炎治療における代替薬の選択

ペニシリンVが使えない日本では、GAS(A群β溶血性レンサ球菌)による急性咽頭炎・扁桃炎の治療に何を選ぶか、という点がひとつの実践的な問題になります。


現在の日本のガイドライン(厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き」第四版・2026年1月改訂、日本感染症学会ガイドライン等)では、GAS咽頭炎に対する第一選択薬はアモキシシリン(AMPC)内服10日間とされています。アモキシシリンは経口吸収率が約90%と非常に高く、GASに対して十分な抗菌活性を示します。有効性は高いです。


ただし、アモキシシリンはペニシリンVよりもスペクトルが広く、腸内細菌科(大腸菌・サルモネラなど)にも一定の活性を持っています。GAS咽頭炎だけをターゲットにする場合、「必要以上に広い抗菌薬を使う」ことになり、腸内の常在菌叢への影響や耐性菌選択圧の観点から、AMR対策上は理想とは言えない側面があります。


また、アモキシシリン処方で注意すべき重要な点があります。EBウイルス(エプスタイン・バーウイルス)感染による伝染性単核球症はGAS咽頭炎と症状・所見が酷似しており、この状態でアモキシシリンを投与すると高率に皮疹(薬疹)が出現することが知られています。ここに落とし穴があります。GAS迅速抗原検査が陰性でも症状が典型的な場合は、伝染性単核球症の可能性を念頭に慎重な判断が求められます。


なお、ペニシリンアレルギーがある場合の代替についても確認しておきましょう。重症ペニシリンアレルギー(アナフィラキシーショック等の即時型反応)がある場合はクリンダマイシンが推奨されています。一方、アレルギーの程度が即時型でない場合はセファレキシン(第1世代セファロスポリン系)を検討してよいとされています。日本ではマクロライド耐性GASが増加傾向にあることから、クラリスロマイシンやアジスロマイシンはGAS咽頭炎の治療では避けることが推奨されています。マクロライドは選ばない、が原則です。














































薬剤 国内承認 GAS咽頭炎での位置づけ 留意事項
ペニシリンV(PCV) ❌ 未承認 欧米の第一選択(日本では使用不可) 狭域・理想的なAMR観点
アモキシシリン(AMPC) ✅ 承認済 日本の第一選択(10日間) EBV感染時に皮疹に注意
バイシリンG顆粒(PCG) ✅(経過措置終了) かつての第一選択・現在は流通なし 吸収率低い・空腹時投与推奨
クリンダマイシン(CLDM) ✅ 承認済 重症ペニシリンアレルギー時の代替 C. difficile感染リスクに注意
セファレキシン(CEX) ✅ 承認済 非即時型ペニシリンアレルギー時 第1世代セフェム
クラリスロマイシン/アジスロマイシン ✅ 承認済 ❌ GAS咽頭炎には非推奨 国内マクロライド耐性GAS増加のため


亀田総合病院 感染症内科|咽頭炎ガイドライン(亀田感染症ガイドライン)
※GAS咽頭炎に対するアモキシシリンの現在の第一選択としての位置づけとマクロライド非推奨の理由が詳述されています。


日本の抗菌薬処方の問題点:広域薬偏重とAMR対策の現状

ペニシリンVが存在しない日本の処方環境は、AMR(薬剤耐性)という大きな問題と密接に絡んでいます。厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版」(2026年1月)は、日本における抗菌薬の使用構造の問題を明確に指摘しています。


2023年のデータによると、日本の経口抗菌薬の使用量(DID: 人口千人あたりの1日使用量)の内訳は、マクロライド系薬が3.45 DID、フルオロキノロン系薬が2.07 DID、第3世代セファロスポリン系薬が1.94 DIDと、いずれも高い比率を占めています。諸外国と比較したとき、これらの系統の使用量が特に多い点が日本の課題として国際的にも指摘されてきました。


GAS咽頭炎だけに着目しても、2016年時点のある研究では外来で処方された抗菌薬の85.9%が「第3世代セファロスポリン系・マクロライド系・キノロン系」といった広域抗菌薬であったというデータがあります。これは驚くべき数字です。GASはペニシリン系を含む狭域薬で十分に治療できる感染症であるにもかかわらず、多くの現場でより広いスペクトルの薬剤が選択されていた実態を示しています。


国内でマクロライド耐性GASが増加している事実は、この広域薬偏重と無関係ではありません。以下のような悪循環の構図があります。



  • GAS咽頭炎にマクロライド系・広域セフェム系を多用する → マクロライド耐性GASが増加する → さらに「効かない薬を使う」事態を招く → 適正薬(ペニシリン系)への回帰が難しくなる


2050年には薬剤耐性菌によって世界で年間1,000万人が死亡すると推計されており、日本も例外ではありません。AMR対策アクションプラン(2023〜2027年版)では、第3世代経口セファロスポリン・マクロライド・フルオロキノロンの3系統について具体的な使用量削減目標が設定されています。医療現場での地道な処方変容が求められています。


この文脈で考えると、ペニシリンVが使えない日本の状況は単なる「1剤の欠如」にとどまらず、適正処方の選択肢が最初から一つ少ない状態でAMR対策を強いられているとも言えます。アモキシシリンで代替する選択は現実的かつ妥当なものですが、より狭域なペニシリンVが使えれば、AMR観点での処方の質はさらに高まる可能性があります。


AMR臨床リファレンスセンター|抗微生物薬適正使用の手引き 第三版(全文)
※GAS咽頭炎に対するアモキシシリン第一選択の根拠とペニシリン系の狭域性が推奨される理由が詳しく解説されています。


【独自視点】ペニシリンV不在が招く処方カスケード:日本の感染症教育への影響

「ペニシリンVが日本にない」という事実は、薬剤の欠如にとどまらず、感染症診療の教育や思考様式にまで影響を及ぼしている可能性があります。これはあまり議論されていない視点です。


欧米で感染症診療を学んだ医師や薬剤師が日本に戻ったとき、最初に直面する戸惑いの一つが「ペニシリンVがない」ことです。米国感染症学会(IDSA)のGAS咽頭炎ガイドラインはペニシリン系抗菌薬の投与を推奨しており、欧州ではペニシリンVが具体的な薬剤名として記載されています。しかし日本でその通りに処方しようとしても、薬剤自体が存在しないため、必然的にアモキシシリンへの「読み替え」が求められます。


この「読み替え」が習慣化することで、感染症の教科書や国際ガイドラインを読む際に「日本向けに変換する」という認知的コストが常に生じます。研修医や若手医師が国際的な感染症文献を学習する段階で、「書いてある薬が使えない」という体験は、文献の直接活用を阻害する一因にもなり得ます。知識の実装コストが高い状態です。


また、医療機関によっては「ペニシリンVの代わり」という説明なしにアモキシシリンを第一選択として教えるため、なぜアモキシシリンが選ばれるのかの根拠や、欧米との処方基準の差異が十分に伝わらないケースもあります。これは感染症診療の根拠を深く理解する機会の損失と言えるかもしれません。


実践的な対策として、感染症教育の現場では次の点を意識することが有益です。



  • 国際ガイドラインを読む際、「ペニシリンV」の記載は日本では「アモキシシリン」に置き換えて理解する

  • 置き換える理由(スペクトルの差異・吸収率の違い・国内承認状況)を説明できるようにしておく

  • 抗菌スペクトルの「狭さ」を意識的に評価する習慣を身につける——広いことがよいわけではない

  • AMR対策の観点から「なぜこの薬が選ばれているのか」を患者・後輩に説明できることが、処方の質向上につながる


医療従事者がペニシリンVの「不在」を単なる不便として消費するのではなく、日本の抗菌薬適正使用における構造的課題として認識することが、AMR対策を現場で推進するうえでの第一歩となります。教育と認識がまず必要です。


感染症専門医コンサルテーションが難しい外来では、AMR臨床リファレンスセンター(https://amr.jihs.go.jp)のウェブサイトで各疾患の最新の推奨薬を確認する習慣も、日常の処方の質を底上げする有効な手段です。


厚生労働省|抗微生物薬適正使用の手引き 第四版(2026年1月)PDF
※GAS咽頭炎を含む急性気道感染症への抗菌薬選択の最新推奨と、日本の広域抗菌薬偏重の問題点が具体的なデータとともに解説されています。