治療を終えた患者に、半年後に新たなirAEが出て入院になる例があります。
ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)は、PD-1受容体に結合してT細胞を再活性化させる免疫チェックポイント阻害薬(ICI)です。この作用機序ゆえに、従来の抗がん剤とは根本的に異なる副作用プロファイルをもちます。それが「免疫関連有害事象(irAE:immune-related adverse events)」と呼ばれるものです。
irAEは一言でいえば、過剰な免疫応答が正常組織を攻撃することで生じる副作用です。通常の細胞障害性抗がん剤は細胞増殖を直接止めるため、骨髄抑制や消化管障害など、増殖が速い細胞に被害が集中します。一方でペムブロリズマブのirAEは、皮膚・肺・肝臓・内分泌臓器・消化管・心筋・神経系など、ほぼ全身のあらゆる臓器に発症し得ます。これが管理を難しくしている最大の理由です。
発症時期の特徴として、ICI開始後2〜3ヵ月以内が最も多い一方で、治療終了後数ヵ月から数年を経てから発症する遅発性のirAEも報告されています(近畿大学医学部・林秀敏氏の総説, 2025)。これは医療従事者が最も見落としやすいポイントの一つです。
irAEの軽症例は多いものの、間質性肺炎・心筋炎・副腎不全・劇症1型糖尿病など、見逃すと致死的になりうる重篤なものも存在します。「いつ、どの臓器に、どんな症状が出やすいか」を臓器別に体系的に把握しておくことが、現場での早期対応に直結します。
ポイントは「irAEは投与中だけ注意すればよい」という誤解を持たないことです。
参考:キイトルーダ 適正使用ガイド(MSD Connect)
ペムブロリズマブ 適正使用ガイド(MSD Connect):irAE種類別の対処法・発現状況が詳細に掲載
irAEの発現時期は臓器によって大きく異なります。一律に「投与後○週で出る」とは言えないのがこの薬剤の難しさです。以下に、特に重要な臓器別の発現タイムラインをまとめます。
皮膚障害は最も発現頻度が高いirAEです。PD-1/PD-L1阻害薬では投与開始後6週頃に発症することが多いと報告されていますが、投与直後から発現することもあれば、ICI治療終了後543日目(1年半以上後)に皮疹が出た症例報告も存在します(東和薬品掲載の吉成宏顕先生提供症例)。症状は紅斑・丘疹・苔癬様皮疹・乾癬様皮疹・白斑・水疱性類天疱瘡など多彩です。スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や中毒性表皮壊死融解症(TEN)といった重篤例も発症しうるため、軽視は禁物です。
甲状腺機能障害はirAEの中で最も頻度が高い内分泌障害です。添付文書によると、甲状腺機能低下症の発現までの期間の中央値は3.5ヵ月(範囲:0.7週〜19ヵ月)とされています。初期に甲状腺機能亢進症(無症候性が多い)を呈した後、低下症へ移行するパターンも存在します。毎月の TSH測定が推奨されており、無症状でも見逃さないためのモニタリング体制が重要です。
間質性肺炎はペムブロリズマブで最も注意が必要なirAEの一つで、頻度は約3%と報告されています。発現時期の中央値は34週(約8ヵ月)と遅く、1.5週から127週(約2.4年)という幅広い範囲で報告されています(京都大学リポジトリ掲載症例報告)。COP様・NSIP様など複数のパターンがあり、半数以上はステロイドへの反応性が良好とされています。しかしDAD(びまん性肺胞障害)パターンではステロイドへの反応が不良なこともあるため、放射線診断医や呼吸器内科医との連携が欠かせません。
下垂体炎・副腎機能不全は抗PD-1抗体単剤で約1%に生じます。救急外来で最も見逃されやすいirAEとも言われており(近畿大学・林氏、2025)、倦怠感などの不定愁訴として最初の訴えが始まることが多いです。検査では低Na、低血糖、好酸球増加が傍証となります。見逃しが遅れると副腎クリーゼとなりうるため、エンピリックなステロイド補充を躊躇しないことが重要な対応です。
心筋炎は頻度は1万人に1人程度とされながらも、実際にはそれよりも多く発生している可能性が示唆されています。CTLA-4抗体の使用や、使用開始1〜2ヵ月以内での発症が多いとされています。左心不全症状に加えて心室細動などの致死的不整脈で発症することもあり、発症からステロイド投与までの時間が24時間以内か72時間以上かで予後が大きく変わるというデータもあります。
臓器別の目安を表にまとめます。
| 臓器 / irAE | 発現時期の目安 | 頻度(目安) | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 皮膚障害 | 6週頃(投与直後〜終了後1.5年以上も) | 最も高頻度 | 重篤化(SJS/TEN)あり |
| 甲状腺機能障害 | 中央値 3.5ヵ月(0.7週〜19ヵ月) | 比較的高頻度 | 亢進後低下症移行パターンあり |
| 間質性肺炎 | 中央値 34週(1.5週〜127週) | 約3% | DADパターンはステロイド抵抗性 |
| 大腸炎・下痢 | 中央値 5週(1〜72週) | PD-1では低め | 内視鏡で正常でも生検で診断可 |
| 下垂体炎・副腎不全 | 倦怠感から始まる遅発性も多い | 約1% | ER最多の見逃しirAE |
| 心筋炎 | 投与1〜2ヵ月以内に多い | 0.01〜0.1%程度 | 致死的不整脈リスク・緊急対応要 |
| 1型糖尿病(劇症) | 時期は幅広い | 稀 | DKAで発症するケースあり |
参考:免疫チェックポイント阻害薬使用患者がERを受診したら(近畿大学医学部・林秀敏、2025)
近畿大学医誌掲載:ER診療でのirAE対応要点・臓器別特徴を詳細に解説
医療現場でirAEを管理する上で、特に意識しておきたい落とし穴が3つあります。これらは教科書的な知識では見落とされがちな視点です。
① 投与終了後のirAEを過小評価しやすい
「irAEは投与中に出るもの」と考えていませんか。実際には、治療終了後のirAEも無視できません。ICI治療終了後に発症する遅発性irAEの発症までの期間中央値は6ヵ月というデータがあります(J Immunother Cancer. 2019)。また、約15%の患者が遅発性irAEを発症するという報告もあります(careNet/academia掲載)。
つまり、ペムブロリズマブを「投与し終えた患者」でも、半年後・1年後に全く新たなirAEが出てくる可能性があるということです。特に皮疹については「ICI治療終了後543日目」の発症例も報告されています。これは退院後外来フォローの際の観察ポイントを改める必要があることを示しています。
② ER受診時にICI治療歴が確認されないリスク
救急外来を受診したICI治療中・治療後の患者が、自身の治療内容を伝えない・伝えられないケースは珍しくありません。ER医や当直医にとってirAEは「頻度が低い疾患」として認識されやすく、発熱や倦怠感の主訴に対して感染症を第一に疑い、irAEへの対応が遅れるリスクがあります。ER受診者には「ICI使用歴」の確認を診療プロセスに組み込むことが推奨されています。これは診療科を問わない医療従事者全体の課題です。
③ 複数臓器に同時発症することがある
irAEは「1つの臓器に1つ起きる」とは限りません。複数の臓器に同時にirAEが発症するケースや、珍しい臓器に発症するケースも存在します(林秀敏氏, 2025)。例えば間質性肺炎と肝機能障害が同時に出現するケースや、重症筋無力症に心筋炎・筋炎を合併するケースが報告されています。「1つ見つけたら次も探す」という姿勢が重要です。
これが基本です。
irAEが疑われた際の対応は、重症度(CTCAEグレード)と臓器の種類によって異なります。日本臨床腫瘍学会「がん免疫療法ガイドライン第3版」(2023年、金原出版)が推奨する対応フローを基本とした整理を以下に示します。
■ グレード1(軽症)
多くの場合は投与継続可。対症療法(外用ステロイド、保湿剤など)を行いながら週1回程度のモニタリングを実施します。2〜4週後に改善しない場合はグレード2として扱います。自覚症状が乏しく見逃しやすい軽症irAEも多いため、定期的な患者問診が鍵になります。
■ グレード2(中等症)
臓器によっては投与継続も可ですが、多くの場合は経口ステロイド(プレドニゾロン 1mg/kg程度)の投与を検討します。症状の改善(グレード1以下)が確認されたのち、4週以上かけてステロイドを漸減します。
■ グレード3以上(重症)
原則として投与中止。ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 1〜2mg/kg/日以上)の静注が推奨されます。
ステロイドが無効な場合には臓器別に以下の追加治療が検討されます。
対応を一歩早めるためには、患者・家族への事前指導が効果的です。具体的には「体のどの部位でも変化を感じたら24時間以内に連絡する」「他院受診時にキイトルーダ使用中であることを必ず伝える」「緊急連絡カードを常に携帯する」という3点を指導することで、重症化前の早期相談につながります。
参考:日本臨床腫瘍学会 がん免疫療法ガイドライン第3版(案)
日本臨床腫瘍学会 がん免疫療法ガイドライン第3版:irAEの対処基準・重症度別フロー掲載
irAEは患者にとって身体的・心理的に大きな負担です。しかしその一方で、特定のirAEの発現が治療効果の良好なシグナルである可能性を示すエビデンスが蓄積されています。これは医療従事者として知っておくと、患者説明の質が大きく変わる視点です。
東和薬品掲載の文献(Freeman-Keller M, et al.; Clin Cancer Res. 2016)では、ICIによる白斑・苔癬様皮疹・乾癬様皮疹などの皮膚irAEの発現が治療効果と関連し、全生存期間が延長する傾向があると報告されています。また、発疹・白斑の発現が無増悪生存期間(PFS)を延長するとの報告もあります(Du Y, et al.; JAMA Dermatol. 2023)。
さらにNCCNガイドライン(NCCN Clinical Practice Guidelines, 免疫療法関連毒性管理)でも、後ろ向きレビューにより皮膚のirAE(特に白斑)とペムブロリズマブによる治療効果の改善との関連が指摘されており、irAEを「予後良好因子」として採用することが提唱されています。
また、ペムブロリズマブを用いた術後補助療法の試験では、男女ともにirAEの発現がRFS(無再発生存期間)の延長と有意に関連していた(HR:0.61、95%CI:0.39〜0.95、p=0.03)というデータも報告されています(careNET, 2020)。
これは臨床的に非常に重要な示唆です。
もちろん、irAEを「出てほしい副作用」として患者に説明するわけではありません。意味があるのは「irAEが出たから治療が効いているサインかもしれない」という情報を適切に共有することで、患者が治療継続への動機を保てるようにすることです。副作用の発現と向き合うために必要な情報として提供することが大切です。
具体的には、軽度〜中等度の皮疹や白斑が出た際に患者が自己判断で投与中断を求めるケースがあります。そのような場面で「この皮膚症状は、お薬ががんに効いているサインである可能性があります。軽症の場合は外用ステロイドで対処しながら治療を継続できます」と伝えることができれば、患者の不安を和らげながら治療継続を支援できます。ただし、重篤なirAEは即座に対応が必要であることも同時に伝えるべきです。グレード3以上の皮膚障害(体表面積の30%超)は投与中止が原則です。バランスある説明が求められます。
参考:免疫療法関連毒性の管理(NCCN日本語訳)
NCCN免疫療法関連毒性管理ガイドライン(日本語訳):irAEと治療効果の関連・予後良好因子としての議論を掲載
irAEを早期に捕捉するためには、臓器別の発現タイムラインを踏まえた「時期を意識したモニタリング」が有効です。全ての副作用を全投与期間中ずっと最大警戒するのではなく、それぞれの臓器が「出やすい時期」にフォーカスした体系的な観察計画を立てることが、臨床効率と患者ケアの両立につながります。
以下はペムブロリズマブ投与時の推奨モニタリング項目の目安です。
| 時期 | 優先すべき確認事項 |
|---|---|
| 投与当日〜24時間以内 | infusion reaction(発熱・悪寒・発疹・呼吸困難・血圧変動) |
| 投与開始〜6週頃(1〜2コース) | 皮膚症状(発疹・掻痒・乾癬様変化)、下痢・腹痛 |
| 投与開始〜3ヵ月(月1回) | TSH・fT4(甲状腺機能)、血糖値、AST/ALT(肝機能)、Cr(腎機能) |
| 投与開始2〜8ヵ月 | 間質性肺炎(咳嗽・呼吸困難・SpO2低下)、肺X線・CT評価 |
| 全投与期間(随時) | 倦怠感・食欲不振(副腎機能低下疑い)、筋力低下・眼瞼下垂(重症筋無力症疑い)、CK値 |
| 投与終了後〜6ヵ月以降 | 遅発性irAE全般(皮膚・甲状腺・肺)の新規発症に注意 |
特に注意すべき点として、血液検査のスケジュールを投与サイクルに合わせて自動的に実施する体制を整えることが推奨されます。キイトルーダの臨床試験では、2〜4週ごとの血液検査と6〜8週ごとの画像検査が標準的なモニタリングとして組み込まれています。これを外来通院スケジュールの中に明示的に位置づけることが、見逃し防止の第一歩です。
なお、他院・他科受診時の情報共有も見逃せないポイントです。緊急連絡カードに「ペムブロリズマブ(キイトルーダ)投与中または投与歴あり」と記載し、どの医療機関を受診しても伝わるよう工夫することが重要です。これはMSD Connect掲載の適正使用ガイドでも患者向け指導内容として明示されています。
また「治療終了後もフォローアップは続ける」という方針を患者・家族と事前に共有しておくことが大切です。「治療が終わったから安心」という誤認が患者側に生じると、遅発性irAEの発症を見逃すリスクが高まります。終了時点での口頭説明に加え、説明文書を渡すことで受診行動につなげる工夫が有効です。
参考:免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象対策(PMDA資料)
PMDA:irAEの代表的な症状・対処フロー・モニタリング方法を医療機関向けに解説