従来のAnnexin V/PIプロトコールは、最大40%もの偽陽性イベントを生み出す可能性があります。
アネキシンV(Annexin V)は、分子量35〜36 kDaのタンパク質であり、カルシウムイオン(Ca²⁺)存在下でホスファチジルセリン(PS)に強力に結合する性質を持っています。正常な生細胞では、PSは細胞膜の内葉側(細胞質側)に限局して存在しており、外部からはアクセスできない状態です。この非対称な膜脂質分布は、フリッパーゼと呼ばれるトランスロカーゼ酵素群が能動的に維持しています。
アポトーシスの初期段階に入ると、このフリッパーゼ活性が低下し、スクランブラーゼと呼ばれる酵素が活性化されます。その結果、PSが細胞膜内葉から外葉へとトランスロケーション(移行)し、細胞表面に露出するようになります。つまり「PS露出」が起こるということですね。これがアネキシンVプロトコールの検出原理の核心です。
蛍光色素(FITCなど)で標識したアネキシンVは、このPS露出細胞の表面に結合し、フローサイトメトリーで検出可能な蛍光シグナルを発します。重要なのは、このPS露出がDNA断片化などアポトーシス後期のイベントよりも早い段階で起こる点です。そのため、アネキシンVアッセイはTUNEL法よりも早い段階のアポトーシスを捉えられるという特徴があります。これは使えそうです。
同時に使用するPIやAAD(7-AAD)は、細胞膜の完全性が保たれている初期アポトーシス細胞には透過できません。一方、後期アポトーシスや壊死(ネクローシス)で膜が崩壊すると、PIが核内に侵入してDNAと結合し、赤色蛍光を示します。こうして4種類の細胞集団を識別できます:①生細胞(AnnexinV⁻/PI⁻)、②初期アポトーシス(AnnexinV⁺/PI⁻)、③後期アポトーシス・壊死(AnnexinV⁺/PI⁺)、④壊死のみ(AnnexinV⁻/PI⁺)の4分画です。
abcam公式プロトコール:アネキシンV-FITCを用いたアポトーシス検出の詳細な背景・原理説明
標準的なAnnexin V/PIアッセイは、大きく「細胞調製」「染色」「測定」の3ステップで構成されます。各ステップの細部に落とし穴があり、それを理解することが正確なデータ取得への近道です。
まず細胞調製の段階では、冷PBSで細胞を2回洗浄した後、Annexin V結合バッファー(0.1M HEPES pH7.4、1.4M NaCl、25mM CaCl₂を10倍希釈したもの)に再浮遊させます。細胞濃度は約1×10⁶ cells/mLが推奨されています。洗浄が不十分だと培地中のCa²⁺が過不足になり、アネキシンVの結合に影響します。Ca²⁺の濃度管理が条件です。
染色ステップでは、100µLの細胞浮遊液に対してAnnexin V-FITC 5µLとPI 2µLを加え、室温・遮光条件で15分間インキュベートします。遮光は必須です。その後、結合バッファーを400µL加えて1時間以内にフローサイトメーターで測定します。この「1時間以内」という制約が実務上の課題になることも多く、染色後に時間が経過すると、初期アポトーシスが後期アポトーシスへと進行してデータが変化してしまいます。
接着細胞を使用する場合は、トリプシン処理の際にEDTAフリーの解離試薬(AccutaseやAccuMaxなど)を使用することが強く推奨されます。EDTAはCa²⁺をキレートするため、アネキシンVとPSの結合を阻害してしまうからです。これは重要な注意点です。EDTAフリー酵素であれば問題ありません。
フローサイトメーターの機器調整として、コンペンセーション(蛍光補正)を正確に設定することも欠かせません。単染色コントロール(AnnexinV-FITC単独サンプル、PI単独サンプル)を必ず用意し、蛍光の漏れ補正(FL1→FL2、FL2→FL1)を行った上で本サンプルを測定します。この補正作業を省くと、偽陽性集団が本来の集団に混入して解析結果が歪みます。
BD Biosciences(日本):Annexin Vアッセイの機器調整手順と詳細プロトコールPDF
多くの研究者が見落としがちな重要事実があります。通常のAnnexin V/PIプロトコールでは、PIが細胞質内のRNAと非特異的に結合することで、最大40%もの偽陽性イベントが生じることが学術論文(J Immunol Methods, 2010; Rieger et al.)で報告されています。厳しいですね。
通常、PIは細胞膜が破損した後期アポトーシス・壊死細胞にのみ浸透し、核内DNAと結合するとされています。しかし実際には、比較的大型の細胞(核:細胞質比が0.5未満のマクロファージや一次細胞など)では、細胞質内の豊富なRNAにもPIが結合し、核外での偽陽性シグナルを発することが明らかになっています。細胞の大きさが落とし穴の原因です。
この偽陽性の影響を受けやすい細胞としては、マウス骨髄マクロファージ、金魚初代培養腎マクロファージ、RAW 264.7マクロファージ株などが報告されています。特にゲノム毒性ストレス下の細胞、細胞周期停止薬剤(チミジン、ヒドロキシウレアなど)処理細胞、ウイルス感染細胞では、偽陽性率がさらに高まる傾向があります。
この問題を解消するために開発されたのが、改良版プロトコールです。染色後に1%ホルムアルデヒドで固定化し、その後RNase A(50µg/mL)を加えて37℃で15分インキュベートすることで、細胞質内のRNAを分解します。この手順を加えることで、偽陽性率を5%未満に抑えられることが確認されています。つまり改良版プロトコールが原則です。
ただし、固定化を行う際には注意点があります。固定前にBinding Bufferを一定量残した状態で固定を開始しないと、アネキシンVの結合が失われる可能性があります。固定と染色の順序管理が条件です。なお、通常の標準プロトコールではこのアッセイで固定化は行わないため、サンプルの測定は染色後1時間以内が原則となります。
アネキシンVアッセイで正確な結果を得るためには、適切なコントロールサンプルの設定が欠かせません。コントロール設定が正しくないと、どれだけ精度の高い機器を使っても信頼性のあるデータは得られません。コントロール設計が基本です。
推奨される5種類のコントロールサンプルは以下のとおりです。
| コントロール名 | 目的 | 使用試薬 |
|---|---|---|
| ✅ ネガティブコントロール(非誘導) | バックグラウンド確認 | なし(未染色) |
| ✅ Annexin V単染色 | FL1→FL2蛍光補正 | Annexin V-FITCのみ |
| ✅ PI単染色 | FL2→FL1蛍光補正 | PIのみ(アポトーシス誘導細胞) |
| ✅ ポジティブコントロール(誘導) | アポトーシス集団の位置確認 | Annexin V-FITC + PI |
| ✅ テストサンプル | 実験目的の測定 | Annexin V-FITC + PI |
蛍光補正(コンペンセーション)の手順では、まずPI単染色サンプルを用いてFL2→FL1補正を行い、次にAnnexin V-FITC単染色サンプルでFL1→FL2補正を行います。注意が必要なのは、PI単染色サンプルを「ネガティブコントロール」として扱えないという点です。PIを含むサンプルでは非特異的結合によりバックグラウンドが上昇するため、あくまでも補正値の決定に使用するサンプルとして位置づけます。意外ですね。
アネキシンVのシグナルは、モノクローナル抗体染色に比べて非特異的な結合が強く出やすい特性があります。そのため、Annexin Vの蛍光強度が10⁴スケールをはみ出すように見えることがありますが、この場合にAnnexin Vの電圧のみを下げると2つの蛍光のバランスが崩れ、補正ができなくなります。電圧はFITC・PIを同じ割合で下げていく必要があります。バランス維持が原則です。
また、GFP発現細胞を扱う場合はAnnexin V-FITCが使えません。スペクトルが重複するためです。代替として、Annexin V-PE、Annexin V-APC、またはAlexa Fluor 647標識のキットを選択する必要があります。さらに血液サンプルを扱う際は、血小板にもPSが含まれているため、アネキシンVと結合して偽陽性を生じさせる可能性があります。血小板除去は必須です。
Beckman Coulter Japan:アポトーシス検出(アネキシンV)の詳細な解析フローと染色プロトコール
アネキシンVプロトコールが「アポトーシス専用」のマーカーであるという認識は、実は不完全です。これが現在の研究現場で議論されている重要なポイントです。意外ですね。
PS露出はアポトーシス特有の現象ではなく、ネクロプトーシス(プログラム壊死)やパイロプトーシスなど他の細胞死モードでも起こることが判明しています。2011年のCell Death & Disease誌(Blanco et al.)の研究では、一次壊死細胞(Primary necrotic cells)がPI陽性になる前にAnnexin V陽性/PI陰性のシグナルを示すことが報告され、これが初期アポトーシス細胞と見分けがつかない問題が浮上しました。つまりAnnexin V陽性≠アポトーシスということですね。
この判別問題に対処するための実践的な方法として、ネクロプトーシス阻害剤であるNecrostatin-1(Nec-1)との併用が有効です。Nec-1で処理した系でAnnexin V陽性細胞が減少すれば、ネクロプトーシス由来の集団が存在していたことを示します。一方、Nec-1処理で変化しない集団が真のアポトーシス細胞と判断できます。
また、がん研究や免疫学の分野では、アネキシンVプロトコールは薬剤感受性試験に広く応用されています。例えば抗がん薬スクリーニングでは、薬剤処理後のアポトーシス率(Annexin V陽性率)の変化を定量化することで、IC₅₀値算出の補完データとして活用されます。Camptothecin(カンプトテシン)6µMをJurkat細胞に4時間処理すると20〜50%のアポトーシスが誘導されることが、標準的なポジティブコントロールとして使われています。具体的な数値があると実験設計に役立ちます。
なお、アネキシンVプロトコールはフローサイトメトリー以外にも、蛍光顕微鏡や96ウェルプレートベースのアッセイに応用した製品も市販されています。Dojindoの「Annexin V Apoptosis Plate Assay Kit(AD12)」などがその例で、ハイスループットスクリーニングに対応しています。フローサイトメーター非保有施設でもアネキシンVプロトコールが実施できます。研究目的に合わせた機器選択が重要です。
さらにアネキシンVアッセイは、アポトーシスと壊死を区別できるというメリットがありますが、区別できない場合もあります。後期アポトーシスと壊死は両方AnnexinV⁺/PI⁺を示すため、誘導薬剤の濃度・処理時間を変えた時系列データを取ることで、どちらが主体的な細胞死様式かを推定することが推奨されています。時系列解析が判断の鍵です。
JoVE(Journal of Visualized Experiments):改良版Annexin V/PIアッセイのビデオプロトコール(日本語概要あり)